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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2510号 判決 1965年10月14日

原告 三谷合資会社

右代表者無限責任社員 三谷久也

原告 三谷久也

右両名訴訟代理人弁護士 藤本猛

被告 深山勇吉

右訴訟代理人弁護士 水島庄平

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら)

一  被告は、原告三谷合資会社に対し、別紙物件目録(一)記載の第一および第三の建物部分を収去して別紙物件目録(二)記載の第一および第三の土地を明け渡し、かつ、昭和三七年二月一三日から右明渡ずみまで一箇月金一八、二五〇円の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告三谷久也に対し、別紙物件目録(一)記載の第二の建物部分を収去して、別紙物件目録(二)記載の第二の土地を明け渡し、かつ、昭和三七年二月一三日から右明渡ずみまで一箇月金六、〇二七円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  仮執行宣言

(被告)

主文同旨

第二原告らの主張

(請求の原因)

一  別紙物件目録(二)記載の第一および第三の土地(以下「本件第一土地」および「本件第三土地」という。)は、原告三谷合資会社(以下「原告会社」という。)の所有であり、同目録(二)記載の第二土地(以下「本件第二土地」という。)は、原告三谷の所有である。

二  原告会社は、訴外株式会社住友信託銀行(以下「住友信託」という。)を代理人として、被告に対し、昭和二二年七月一日および同年一〇月三〇日に、東京都千代田区神田鍛治町二丁目三番の四宅地三二五坪四合三勺(当時の地番による表示。以下「神田鍛治町の土地」という。)のうち本件第一土地および本件第三土地を含む七五坪二合一勺四才を、つぎのとおりの約定で賃貸した。すなわち、

(一) 昭和二二年七月一日に、神田鍛治町の土地のうち二〇坪三勺八才を、賃料一箇月金一〇〇円一九銭、毎月二五日持参払、普通建物所有の目的、期間二〇年の約定で賃貸し、その際、賃貸地上における建物の新築、増築、改築、大修繕その他用途の変更または撤去については、賃貸人または賃貸地の管理人住友信託の書面による承諾を要し、これに違反したときは賃貸人において契約を解除することができる旨を特約(以下「本件特約」という。)した。

(二) 昭和二二年一〇月三〇日に、神田鍛治町の土地のうち五五坪一合七勺六才を賃料一箇月金二七五円八八銭毎月二五日持参払、普通建物所有の目的、期間二〇年の約定で賃貸し、その際、本件特約をした。

三  (一) 原告三谷の先代三谷ていは、住友信託を代理人として、被告に対し、昭和二二年七月一日、本件第二土地を含む東京都千代田区神田鍛治町二丁目三番の五宅地四二坪三合四勺(当時の地番による表示。実測四一坪二合四勺二才)を賃料一箇月金二〇六円二一銭、毎月二五日持参払、普通建物所有の目的、期間二〇年の約定で賃貸し、その際本件特約をした。

(二) 三谷ていは、昭和二六年一二月二六日死亡し、原告三谷が単独相続により右賃貸人の地位を承継した。

四  ところで被告は、昭和三四年一一月二〇日、前記各賃借地のうち本件第一土地、本件第二土地および本件第三土地を除いた部分の土地の賃借権を、原告らの承諾をえて株式会社浅田飴本舗に譲渡した。したがって、被告の原告会社からの賃借地は本件第一土地および本件第三土地となり、被告の原告三谷からの賃借地は、本件第二土地となった。なお、これより先、前記賃借地は、別紙物件目録(三)記載のとおり分筆されている。

五  (一) 被告は、昭和二四年八月ごろ、本件第一土地、本件第二土地および本件第三土地のうえに木造瓦葺平家建店舗一棟建坪一八坪二合五勺を建築所有し、さらに同年一二月ころ、右建物を増築した結果、木造瓦葺平家建店舗一棟建坪二七坪一合二勺となった。

(二) しかるところ、被告は、昭和三七年一月中旬ごろ、原告らに無断で右建物を取り毀し、同年三月末までの間に、その所在場所に、新たにコンクリートで土台を造り、鉄梁を使用して別紙物件目録(一)記載の建物を新築した。

六  そこで、原告らは、被告に対し、本件特約に基づき被告の叙上五(二)の無断建物撤去新築を理由として、昭和三七年二月一二日付同日到達の書面で、本件第一土地ならびに本件第三土地および本件第二土地の各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、同日の経過とともに、本件各土地の賃貸借契約は終了した。

七  本件第一土地および本件第三土地の賃料相当額は、一箇月合計金一八、二五〇円であり、本件第二土地の賃料相当額は、一箇月金六、〇二七円である。

八  よって、原告らは、被告に対し、本件各土地の所有権および賃貸借契約終了を理由として、本件各建物部分を収去して本件各土地を明け渡し、かつ、昭和三七年二月一三日から明渡ずみまで一箇月につき叙上七記載の割合で算出した損害金を支払うことを求める。

(仮定抗弁に対する認否)

一および二の抗弁事実は否認する。

第三被告の主張

(法律上の主張)

本件特約は、借地法一一条の契約条件に該当し、無効である。したがって、本件特約が有効であることを前提とする原告らの本訴請求は、それ自体失当として棄却さるべきである。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項(一)、(二)および第三項(一)の事実は否認する。

すなわち、被告は、原告会社および三谷てい両名の代理人である大石金四郎から、昭和二二年一〇月ごろ一度に本件第一土地および本件第三土地を含む原告会社主張の土地ならびに本件第二土地を含む原告三谷主張の土地を、賃料一箇月原告ら主張の額、普通建物所有の目的、期間二〇年の約定で賃借し、その後同月中旬に、右各土地の管理人である住友信託東京支店との間で、賃料支払につき毎月末日限り、同行による取立払の約定をなしたにすぎない。

三  同第三項(二)の事実のうち、三谷ていが昭和二六年一二月二六日死亡し、原告三谷が単独相続によりその賃貸人の地位を承継したことは認める。

四  同第四項の事実は認める。

五  (一) 同第五項(一)の事実は認める。

ただし、被告は、昭和二七年八月ごろ、原告ら主張の木造瓦葺平家建店舗一棟建坪二七坪一合二勺の建物をさらに増築したので、右建物は木造スレート瓦トタン交葺平家建店舗一棟建坪三七坪四合五勺となった。

(二) 同第五項(二)の事実は否認する。

被告は、昭和三六年七月ごろから、昭和三七年四月までの間に、前項(一)の建物について、一部模様がえ、一部移転および増築をし、その結果、別紙物件目録(一)記載のとおりの建物となった。

六  同第六項の事実のうち、原告ら主張の昭和三七年二月一二日付書面が被告に到達したことは認めるが、その他は否認する。

七  同第七項の事実のうち、本件第一土地および本件第三土地の賃料相当額は、一箇月合計金一〇、九五〇円一二銭の限度でまた、本件第二土地の賃料相当額は、一箇月金三、六一六円二〇銭の限度で認める。

(仮定抗弁)

一 かりに、請求原因第二および第三項記載の事実が認められるとしても、本件特約は、公序良俗に違反して無効である。

二 かりに、右抗弁が認められないとしても、本件特約に基づく解除権の行使は、信義誠実の原則に違反し、もしくは権利の濫用であって、無効である。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  いわゆる増改築禁止の特約は、建物所有を目的として土地を賃貸借するにあたり、賃借人が賃貸人の承諾なくして建物を増、改築(従来の建物を取り毀し、新築する場合を含む。)したときは、賃貸人において賃貸借を解除することができる旨を約定するものであって、本件特約もこれに属する。かような増改築禁止の特約は借地法一一条の契約条件に該当せず、有効であるが、これによって土地の通常の利用が不当に拘束されもしくは妨げられることとなる場合、たとえば、賃貸借締結後の事情の変化のため、賃借人において已むをえず増改築するがごとき場合には、右の特約に基づく解除権の行使は許されないと解するを相当とする。

けだし、増改築禁止の特約は、借地上の建物の種類構造の変更(建物の維持保存に必要な通常の修繕を含まないことはいうまでもない。)を禁止し、現状維持の状態におくことによって、借地利用の用法に制限を設けようとするものであって、かような合意による使用収益権の制限は法の認めるところであるが(民法五九四条一項、六一六条)、しかし、その特約によって賃貸借の当事者が拘束される範囲は、賃貸借が使用貸借と異なり、財産権的色彩の強いものであり、また、この約定に違反した場合にも解除の一般原則により相当の期間を定めて違反行為の差止めを請求し、しかる後にはじめて解除することができるのが法の建前であること、さらには借地法が宅地の社会経済的、効率的利用のため借地権の存続を図り、借地権者を保護していること等をも考慮して賃貸借当事者の利益を調整のうえ、合理的に決めらるべきであり、そしてかかる観点に立って双方の利益を調整するとすれば右の特約に基づく解除権の行使は、これを叙上の程度に制限するを妥当とすべきであるからである。

被告は、本件特約は借地法一一条の契約条件に該当し、無効であると主張する。しかしながら、借地法が借地人を保護しようとする主たるねらいは借地権の存続期間の点にあり、同法七条も借地権消滅前に建物が滅失(自然的滅失のみならず人為的取毀を含む。)した場合においてその借地上に残存期間を超えて存続すべき建物を築造した場合における借地権の存続期間を定めたにすぎないものであって、増改築禁止の合意を排除し、もしくはその合意にかかわらず増改築ができるとする趣旨であるとは解されない。のみならず、増改築禁止の特約が無効であり、借地人が自由に借地上の建物の種類、構造を変改することができるとすれば法が土地所有者に対し土地利用権が回復せらるべき時期として保護している借地上の建物の朽廃時期(借地法二条および五条一項但書)を遅らせるばかりでなく、借地人の建物買取請求権行使(同法四条)による買取価格をめぐって賃貸人に予期以上の出捐を強いることになるが、かかることは借地法一一条の趣旨とするところではないといわなければならない。したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。

二  よって、本件特約があったか否かについて判断する。

原告らは、それぞれ住友信託を代理人として被告との間に土地賃貸借契約を締結するにあたり本件特約をなしたと主張し、深山の印影部分の成立に争いなくその余の部分につき≪証拠省略≫は、右主張事実にそうもののごとくであるが、しかし、≪証拠省略≫によれば、被告は、昭和二二年ごろ、海産物保存食品等の卸、小売業を営むため土地を探していたところ、読売新聞広告欄で本件第一ないし第三土地を含む土地を賃借をしたい者は大石金四郎(以下「大石」という。)へ連絡されたい旨の広告をみて同人を訪ねたこと、大石は、同人の言によれば、原告三谷の先代三谷ていおよび三谷合資会社から本件第一ないし第三の土地を含む神田鍛治町の土地を賃貸するにつき代理権を与えられた者であり、被告が三谷ていを訪ねたときも大石の言葉どおり同人に委せてあるとのことであったので、被告は、同人と交渉を重ねた結果、同年七月ごろ原告ら代理人大石との間に本件土地を含む宅地約一〇九坪を期間二〇年、賃料一ヵ月一坪当り金五円、権利金坪当り金一万円とする旨の賃貸借契約を結んだが、その際、無断増改築禁止のことはなんら契約条件とならなかったこと、原告は同年九月から一〇月にかけて数度にわけて大石に権利金を支払ったが、その最後の権利金を支払ったとき、大石から「賃料は住友信託に取立てを頼んであるからそこへ行ってくれ」と言われたので、賃料の支払条件を定めるため、大石とともに住友信託東京支店へ行き、同所において同行の佐々木栄治の求めるままに同人の差出した土地賃借証書(甲第五号証)の表面の賃借人欄に署名捺印したが、その際被告は、賃料の支払条件を定めるものとのみ思い込み、同証書の記載内容には留意しなかったこと、右証書の裏面には土地賃貸規定と題して賃貸条件が不動文字をもってこまかに記載され、その第五条三号に「賃貸地上ニ於ケル建物ノ新築、増築、改築、大修繕又ハ用途ノ変更」するときは同社の書面上の承諾を要する旨の文言があるが、これは、同行で一般的に土地の賃貸借に際して使用している印刷された契約書の定型的記載文言にすぎないものであること、その後大石が再び原告方を訪ね、留守居の被告の妻深山富士に対し「前に住友信託で判を押してもらった証書に書違いがあったから、もう一度判を押して下さい」と言って、右証書と同旨のもう一通の証書(甲第六号証)の賃借人欄に押印を求め同証書に被告の印章が押印されたこと、その後、被告は病気のため一時右借地を利用することができなかったが、昭和二四年ごろにいたり、本件土地の上に一八坪二合五勺の建物を建て、さらに同年一二月および昭和二七年八月ごろの二回にわたり、右建物を増築した結果、右建物は、木造スレート瓦トタン交葺平家建店舗一棟建坪三七坪四合五勺となったが、それから相当の年月が経って被告が昭和三六年四月ごろから右建物の一部模様替え、一部移転および増築を始め、別紙物件目録(一)記載のとおりの建物の工事が進行してはじめて昭和三七年一月三一日付書面をもって本件特約を主張し、無断建物撤去新築を理由として工事の中止を求めるにいたるまで、原告らは、これらの増改築について被告になんら異議を述べなかったことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はないから、これらの事実に照し、甲第五、六号証中の無断増改築を禁止する旨の特約記載は賃貸借の当事者を拘束しない単なる例文にすぎないものと解するを相当し、したがって右の書証は本件特約を認むべき証拠とするに足らず、他に原告らの主張事実を認むるに足る証拠はない。

三  そうすると、原告らと被告との間に本件各土地の賃貸借にあたり、本件特約はなかったわけであるから、右特約のあったことを前提とする原告らの本訴請求は本件特約違反の事実、解除権行使の許否等その余の点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。よってこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉)

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